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横浜地方裁判所 昭和30年(ワ)186号 判決

東京相互銀行

事実

本件建物については、原告株式会社ニユーアサクサ映画劇場が昭和二十三年九月二十一日訴外斉田作寿より会社設立に際しての現物出資によりその所有権を取得し、同二十五年五月四日原告のための所有権移転登記がなされ、現に原告の所有に属するものである。しかるに本件建物については被告原田嘉代のため売買を原因とする昭和二十五年五月二十二日付所有権取得登記がなされているが、右売買の事実はないから、右登記は登記原因を欠き無効のものである。さらに右建物には、被告株式会社東京相互銀行のために昭和二十七年四月十二日付根抵当権設定契約(債権極度額を百八十万円とし、債務の履行遅滞の場合には百円につき日歩五銭の遅延損害金を支払う約旨)に基く根抵当権設定登記及び同年同月同日付代物弁済予約(右の根抵当債務の履行遅滞の場合には代物弁済として本件建物の所有権を移転すべき旨の)に基く所有権取得請求権保全の仮登記がなされており、右各登記は何れも被告原田嘉代との間の契約を原因とするものであるが、右被告東京相互銀行は無権利者である被告原田から何ら権利を取得しえないものであるから右各登記は無効である。しかるに被告等は何れも自己の権利取得を主張し、原告の所有権を争うから、原告は被告等に対し所有権の確認及び右各登記の抹消を求める、と主張した。

被告原田嘉代は、本件建物は昭和二十五年五月二十二日同被告が原告から買戻特約付売買により買い受けてその所有権を取得したものであるが、右売買は原告会社代表取締役斉田作寿から包括的な委任を受けていた訴外須長恭一(原告会社専務取締役)を原告の代理人としてなされたものである、と述べ、

被告株式会社東京相互銀行は、本件根抵当権設定登記及び代物弁済予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記が何れも同被告と被告原田嘉代との間に成立した契約を原因としたものは認めるが、その余の事実は不知。本件建物は昭和二十五年五月二十二日原告との売買により被告原田嘉代がその所有権を取得したものある、と主張した。

理由

本件建物が現在なお原告の所有に属するかどうかについて判断するのに、右建物につき被告原田嘉代のため昭和二十五年五月二十二日付売買を原因とする所有権取得登記がなされていることは当事者間に争がなく、原告は右売買は存在せず、右は登記原因を欠く無効の登記であると主張するけれども、証拠によれば、昭和二十五年五月二十二日原告会社を売主、被告原田嘉代を買主とし本件建物その他を目的として代金三百八十八万七千七百円をもつてする売渡証書が作成さていることが認められる。原告は、右売買は須長恭一において原告を代理する権限なくしてこれを締結したものである主張するけれども、証拠によれば、須長恭一が原告会社の代表取締役斉田作寿の代理人として署名捺印していること、及び斉田作寿が右売買にさきだち、会社経営に窮して一時身を隠すに際し、原告会社の専務取締役である須長恭一に自己の印を交付して会社経営に関する一切の権限を委任したことが認められるところ、原告は代表取締役がその権限を包括的に他の取締役に委任することは許されないから斉田作寿の須長恭一に対する右授権は無効であると主張する。しかし、右売買の当時における取締役は旧商法第二百六十一条により定款等による制限がない限り各自会社を代表するものとされていたばかりでなく、証拠によれば原告会社の定款には社長が会社を代表し、社長に事故あるときは専務取締役がこれに代る旨の定があることが認められるから、原告会社の専務取締役須長恭一が代表取締役斉田作寿の所在不明に際しその代理人としてなした前記売買は、原告会社を当事者とするものとしての効力を妨げないものと解するのを相当とする。

次に原告は、前記売買は原告会社の株主総会の特別決議を欠くため無効であると主張するのでこの点について考えてみるのに、原告は本件建物により映画館の経営を目的とする会社であるところ、右売買にさきだち右映画館経営の廃業届をなし、その後は原田貞次名義で映画館営業の許可を受け、爾来本件建物において映画館春風座の経営がなされていることは当事者間に争いないところであり、証拠によると、前記売買の目的は本件建物の外映写機械その他什器一切、すなわち原告会社の営業用財産の全部であることが窺われる。そうして、以上の各事実を綜合すれば、右売買は少くとも当時施行の旧商法第二百四十五条第一項所定の契約に準ずる契約として原告会社の株主総会の特別決議を要するものと解するのを相当とする。そして右売買につき原告会社の株主総会の特別決議を経なかつたことは被告銀行も明らかに争わず、被告原田嘉代も認めるところである。

被告等は、右売買は原告会社の営業財産の公売処分を回避し原告会社の営業を他日に期するため緊急の措置として必要止むを得ざるに出でたものであると主張するけれども、それであるからといつて、右売買につき株主総会の特別決議を要しないものとはいえない。

してみると右売買はこの点において無効たるを免れず、本件建物の所有権は依然原告に属し、被告原田嘉代においてはこれを取得しえず、従つて原告に対し同被告は昭和二十五年五月二十二日付でなされた所有権取得登記を抹消する義務があり、さらには被告原田嘉代が所有者であることを前提とする被告東京相互銀行のためになされた前記根抵当権設定登記、代物弁済契約に基く所有権取得請求権保全の各仮登記も登記原因を欠くものというべきであるから、被告銀行は右各登記の抹消義務を免れない。

よつて原告の被告等に対する請求はすべて正当であるとしてこれを認容した。

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